Asian Cafe 花雷[アジアンカフェ ハナライ](大阪西区新町)東南アジア・ベトナム料理

西区新町界隈のバルイベントに参加。
私は呑みはしごが大好きな人間なので、こういうイベントに虜になっています。
この地区のバルイベントは、昨年2011年の9月以来ですけど、
色々と巡りましょう、1軒目に選んだのが、Asian Cafe「花雷」です。

Asian Cafe 花雷[アジアンカフェ ハナライ](大阪西区新町)東南アジア・ベトナム料理

まあ、この界隈はおしゃれな、多国籍にまたがって飲食店が多い地域です。
なので、今回もジャンルに偏りなくお店をチョイスしたので、
まずはこちら、東南アジア系の料理から攻めることにしました。

店内は全体的に狭いです。
Asian Cafe 花雷[アジアンカフェ ハナライ](大阪西区新町)東南アジア・ベトナム料理

アジアっぽい雰囲気ではあるんですけど、和風も入っていますね。
カウンター前にはマンガも置かれていて、よーわからん(^^;)

こちらがメニュー。
Asian Cafe 花雷[アジアンカフェ ハナライ](大阪西区新町)東南アジア・ベトナム料理

こっち系の料理ではタイ料理を食すのが多い私ですが、こちらはベトナムが主流かな。
普段あまり食べることのない料理がいっぱいです。

ランチメニュー。
Asian Cafe 花雷[アジアンカフェ ハナライ](大阪西区新町)東南アジア・ベトナム料理

800円、900円台で、どれもが一度食べてみたい。

このバルでは以下のドリンクからチョイスできました。
Asian Cafe 花雷[アジアンカフェ ハナライ](大阪西区新町)東南アジア・ベトナム料理

一番気になったのは、ベトナムのお酒「ネプモイ」「ネプカム」。

ただ、1軒目では私はビール呑みたいので、そちらに。
Asian Cafe 花雷[アジアンカフェ ハナライ](大阪西区新町)東南アジア・ベトナム料理

同行者はチューハイのうめです。
ここではチケット1枚のみ使用したので、ビールは単品500円です。
バル用のビールは、酎ハイのグラスと同じ大きさでした。

なぜ、ここは1枚のみの使用としたか?
Asian Cafe 花雷[アジアンカフェ ハナライ](大阪西区新町)東南アジア・ベトナム料理

一品がこのブンチャーなんですよ。
下はベトナムの米麺で、それにつくねと野菜がのっています。
結構な量があるんで、2人で分けて、ちょうどいい。
1軒目から、これ1人で食べるとなると後がきついですもんね。

さーて、いただいてみます。
Asian Cafe 花雷[アジアンカフェ ハナライ](大阪西区新町)東南アジア・ベトナム料理

うっ・・・甘い・・・東南アジア系の料理にたまにある、
砂糖たっぷりのタレでナンプラーも入っており、甘酸っぱく感じます。
私にはこの甘さはダメ。

なので、これ。
Asian Cafe 花雷[アジアンカフェ ハナライ](大阪西区新町)東南アジア・ベトナム料理

卓上に置いていた、辛みの素。
こっちにつけて麺をいただくと、うん美味しい(^^)

あと、ベトナム春巻もついてきました。
Asian Cafe 花雷[アジアンカフェ ハナライ](大阪西区新町)東南アジア・ベトナム料理

カリカリな揚げたて春巻で、これはビールによく合います。

うん、なかなか味わえないベトナム料理を堪能できて満足。
甘い味付けは私には合わないだけで、好きな方はこれでちょうどええと思います。
しかし、これ一品のみにしておいてよかった。
次回は大好物、「カオマンガイ」を食べてみたいな。

さて、次に行きましょうか。
明日に続きます。

住所:大阪市西区新町1-22-7 Y.Yビル1F
電話:06-6796-8387
営業時間 11:30~夜更け
定休日:不定休
↓お勧めリンク↓

はじめてのベトナム料理


Asian Cafe 花雷カフェ / 西大橋駅四ツ橋駅心斎橋駅

夜総合点★★★☆☆ 3.3

[ 2012/10/22 00:00 ] [B級グルメ]居酒屋 | TB(0) | CM(-)

ホンダ RA272[Honda](1965年)リッチー・ギンサー/ロニー・バックナム

こちらのマシンもまだ私が生まれていない頃の話で、
さすがに思い入れなんてもんはありません。
ホンダが初優勝をしたマシンという印象だけです。
なので簡単にながします。


ホンダホンダRA272 メキシコGP 1965 No.11

ホンダはこの年、2年目のF1参戦やったんですけど、
エンジンはこの当時から超一流のエンジンを作っていました。
なんと14000回転まで回すことができる高出力エンジンは、
1960年代では相当な回転数を誇るエンジンだったのである。
加速ではどのマシンにも負けなかったみたいですね。

ホンダ RA272[Honda](1965年)リッチー・ギンサー/ロニー・バックナム

しかし、どうしてもシャシーの制作は他チームより遅れをとっており、
車重も重いマシンで信頼性も欠けていたのだが、
シーズン中盤、第7戦ドイツGPを欠場してまで、マシンの大改良を施すのである。

その結果、最終戦メキシコGPで初優勝。
ホンダのF1挑戦のレジェンドはここから始まったのだ。

ホンダ RA272[Honda](1965年)リッチー・ギンサー/ロニー・バックナム

私がホンダの圧倒的な強さを目にしたのは、1987年、1988年。
この当時、エンジンメーカーとしての参戦でしたが、
F1は2014年からのエンジン規定の改定で、その当時のV6ターボに変わります。
ホンダの首脳部もF1への復帰をほのめかしているので、
なんとかなんないかな~
ドライバーは琢磨と可夢偉なんて、理想的ですが(^^)
[ 2012/10/22 12:00 ] [車・F1]F1 | TB(0) | CM(-)